砂漠に木を植える 3

 

 黄土色に濁った黄河を後にすると、私たち協力隊を乗せたバスの窓から木々の緑はしだいに姿を消して行きました。車窓には、枯れたような茶褐色の雑草がまばらに生えているだけの荒野が延々と続きます。緑色のない大地、茶色の濃淡だけの大地が車窓を流れていきます。しかし、その不毛としか思えぬ荒野にも人の生活がありました。時折小さな集落がぽつんぽつんと車窓をよぎるのです。乾燥させた土のブロックで出来た数軒の家。そしてその数軒の土の家を、土の塀がまるで小さな城壁のように取り囲んでいるのです。どの家もどの塀もみな風化して崩れかけており、砂漠地方の苛烈な自然環境を物語っています。

 日本が木の文化だとすれば、中国は土の文化と言ってもいいのではないでしょうか。特に中国北部の、それも住居に関してはそう思えます。歴代の皇帝の住居でもあった故宮(紫禁城)をはじめ、皇族の別荘や寺院などには木造の建築物もありますが、一般の人々の住居はほとんど煉瓦で出来ています。もっとも、土を焼いた煉瓦で住居を造ることができるのは、大都市やその近郊の比較的裕福な人々で、農民やその他の多くの人々の住居は土そのもので造られているそうです。現在の北京市でも、中心となる地域は近代建築のビル群が林立していますが、大きな道路をはさんだ反対側の周辺地域では、一般の人々の煉瓦の住居や店舗が延々と続いています。

 崩れかけた塀や壁、ゆがんだ窓、錆びたトタンや板きれの屋根、無造作に放りあげられた屋根の上の石やタイヤ、省略された漢字で書かれた賑やかな看板。それらが混然として醸し出す生活感は、私が小学生だった頃の日本の町の様子を彷彿とさせ、何とも言えぬ懐かしさを感じさせます。貧しくは見えますが力強い大きなエネルギーに満ちていて、バイタリティーに溢れる人々の様子からは確かな生活の手応えが伝わってきます。北京市の景色をふたつに隔てている大きな道路は、40年の時をも隔てているように思えました。しかし、その生活感溢れる壊れかけた煉瓦の家並みは、今政府によって壊され姿を消しつつあります。来るべき北京オリンピックのための環境整備の一環として、北京市周辺地域のスクラップアンドビルトが推進されているのです。

 中国北部は森林に恵まれず、住居を造るために身近に手に入れられる材料が土しかないと言ってしまえばそれまでですが、全ての生き物が最期にたどり着く土そのものを大地から借りて棲家を造り、棲み終われば棲家ともども己も大地の土と帰っていく。なんとさっぱりとした潔い死生観だろうと、バスの車窓を時折よぎる土の集落を見ながら自分勝手な感慨にふけっている私を、添乗員のアナウンスが現実に引き戻しました。「もうまもなく皆さんに植林活動をしていただく現地、恩格貝(オンカクバイ)の宿泊所に到着しますが、その宿泊所を利用するにあたって皆さんに必ず守って頂きたい幾つかの注意点があります。」 (つづく)

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